手塚藤蔵物語 〜大震災編〜

※この話は、故・手塚藤蔵が語った体験を、孫の太郎がまとめたものです。

 

 手塚藤蔵は明治四十一年、千葉県の市川大野に生まれた。手塚家はこの地で代々農業を営んでいる家だ。国府台に連なる台地地形を利用して、この辺り一帯には今でも広大な梨畑が広がっている。手塚家も例に洩れず、広い梨畑に長十郎(※1)を栽培していた。

 藤蔵の父・清蔵は、藤蔵が若い頃亡くなった。幼い藤蔵にとって、父の代わりとなったのは十一才年上の兄、静雄だった。祖父も健在で、目が不自由ではあったが、よく面倒を見てくれた。

 藤蔵十五の秋。すでに畑の梨はたわわに実をつけ、出荷を待つだけとなっていた。市場で売り残しがないよう、毎日定められた量だけ採り入れるのが例年のならいとなっていた。

 その日。藤蔵はいつものように梨畑に出て兄の仕事を手伝っていた。正午を少し回ったころだろうか。突然の衝撃に、藤蔵は地面に転がった。事態を把握しかねる間にも大地は容赦なく揺れ動き、藤蔵のまわりには振り落とされた梨が散らばった。地震だった。この村が何百年と経験したことがなかった巨大地震だった。

 揺れは何分続いただろうか。いや、一分にも満たなかったのかも知れない。藤蔵にはすべてがあっという間に感じられた。気が付くと、そばにいた兄も地面に転がっていた。二人とも怪我は無かったが、しばらくは呆然としていた。何よりもショックだったのは、収穫を目前にした長十郎がすべて地面に落ちてしまった事だ。冷蔵庫も普及していない当時のこと。すぐに売りに出さなければ、時を経ずして腐ってしまう。

 二人はすぐさま家に戻り、家族の無事を確かめると、早急にこれからどうするべきかを話し合った。梨はとりあえず売りにいかなくてはならない。しかし、藤蔵は馬に荷台を引かせて東京まで行ったことはまだ一度もない。あとに家族を残すのは不安だが、静雄が一人で売りにいくのがよかろうということになった。

 その日の夕方のことである。浅草の田中に住んでいた叔父さんが、家を焼け出されたとかで家族を連れて市川大野までやってきた。しばらくの間、居候させてもらいたいと言う。時をおかずして、箱崎に住む叔父さんもやってきた。こうして手塚本家は人で溢れかえることになってしまった。

 これはなにも手塚家に限ったことではない。当時、家を焼け出された人々は皆郊外に住む親戚の家を頼って東京を逃げ出してきた。東京と千葉を結ぶ千葉街道には、延々と人の列ができていた。

 ところがそれら被災者の中には、頼るべき家もなく、仕方なく農家に勝手にあがりこんで食糧を漁っていく輩もいた。市川大野の隣の村でも被害が出た。畑の野菜が一晩のうちにごっそり盗まれたという。村の男達は集まって対策を練った。

 翌朝。静雄はまだ日も明けやらぬ内に朝食を済ませた。若い衆と一緒に村の入り口で見張りをするよう、昨夜の寄り合いで決まったのだった。藤蔵はまだ十五。見張りに行ってもそれほど力にならないだろうから、家に残るようにと言われて少々むっとした。ところが家を出る時になって急に、静雄は藤蔵を玄関に呼び出した。

「トウちゃん(※2)、俺、梨のこと忘れてたわ。あれ、はやく売りにいかないと、腐っちまうぜ」

 そう言われても藤蔵は何をしていいのかわからなかった。

「俺のかわりにさ、梨を東京に売りに行ってくれよ。頼んだぜ」

 藤蔵の返事を待たずに静雄は玄関を出てしまった。残された藤蔵は、一人で東京まで梨を売りに行くという、いまだかつてない冒険に胸が高鳴るのを感じた。少々の不安もあった。責任の重さも感じた。しかし、それ以上に冒険心が藤蔵を突き動かした。食卓に戻ると、下膳している母に、静雄から頼まれたことを伝えた。母は目を大きく見開いたが、「静雄ちゃんが大丈夫だというんなら、きっと大丈夫でしょう」とだけ言って、あとは黙ってしまった。藤蔵は一人で家の裏にまわると、昨日の内に拾い集めて箱につめた梨を荷台に載せた。全部で二十箱もあった。畑にはまだまだ梨が転がっていたので、今日売り尽くしても明日また行かなければならないだろう。

 荷台を馬にくくり付けていると、盲目の祖父が後ろから言った。

「トウちゃん、全部売れなくても、日が暮れたら帰ってこいよ。だいたい、こんな災害時に梨を買える人なんて、そうはいないだろうからな」

 藤蔵自身はそれよりか幾分か楽観的に考えていたが、素直に祖父の忠告を受け入れることにした。梨二十箱はさすがに重たいようで、馬はしばらく嫌やがっていたが、祖父が首筋をなでてやるとやがておとなしくなった。藤蔵は祖父と姉に見送られて村を出た。村の入り口には若い衆が見張りに立っていて、「小僧、頑張れよ」と声援をくれた。静雄の姿は見当たらなかった。おそらくもう一方の入り口に立っているのだろう。藤蔵は兄に自分の勇姿を見てもらいたいと思っていたので、少し残念だった。

 村を出てしばらく行き、八幡を過ぎ、市川の町を通る。避難民で溢れかえっているこの町は、その対応に大わらわだった。藤蔵は大通りの真ん中を堂々と進んだ。人の流れに逆らって被災地へ向かうのは、なんだか誇らしい感じがした。

 町の混雑を抜けると、江戸川の河原に出た。ここまでなら、昔子供たちだけで遊びに来たこともある。橋を渡ったら、もう未知の領域だ。藤蔵は深く息を吸い込むと、馬を橋に向かわせた。

 江戸川を渡ると小岩だ。ここはもう、大東京の一部である。そろそろ梨を売り始めようかと思ったその時。薄汚れた被災者たちの中で、目立ってきちんとした格好をした初老の男に呼び止められた。

「兄ちゃん、その箱に入っているのは何だい?」

「梨ですよ。市川大野の梨です」

 少し緊張したが、藤蔵はしっかりと答えた。

「ほぉ、そうかい。ちょっと見せておくれ」

 そう言うなり、男は箱を開けて梨を取り出し、そのままがぶりと食らいついた。藤蔵があっと声をあげた時には、男は口を拭いていた。

「おいしいじゃないか、兄ちゃん」

「何するんですか。これ、売り物ですよ!」

 藤蔵はおもわず叫んでいた。まわりの人間は興味深そうに二人のやりとりを見ている。

「そうかい、売り物かい。これで全部かい?」

「おじさん、どうしてくれるんです!?。ちゃんとお金を払ってくれますよね?」

 半分、泣きべそであった。藤蔵は都会というものをなめていたのだ。自分の力を過信して、兄の期待を裏切ってしまった。このままここにいたら他の連中も群がってきて、梨を全部食べられてしまうかも知れない。かといって、他の場所へ行ってちゃんと商売する自信もなかった。途方に暮れ、涙が落ちそうになった。それに気付いてか気付かないでか、初老の男はやけに明るい声で言った。

「よし、この梨、全部買おう!」

 藤蔵ははじめ、男が何を言いたいのかわからなかった。藤蔵がきょとんとしているのを見て、男は繰り返した。

「兄ちゃん、この梨、全部売ってくれ。一箱いくらだい?」

 そうは言っても、梨は全部で二十箱もある。とても一家族で食べきれる量ではない。男は冗談を言っているのだろうと思った。しかし、一箱でも買ってくれるのなら、しめたものだ。

 まさか箱ごと買う人がいるとも思わなかったので、梨一つずつの値段は決めていたが、箱ごととなるとしばらく考えなくてはならなかった。

「一箱5円でどうですか?」

「兄ちゃん、そりゃ高いよ。4円でどうだい?」

 一箱5円というのは、かなり高めに設定した値段だった。箱ごと買ってくれるのだから、4円でもいいかと思って了承した。

「なら兄ちゃん、うちの前まで運んできてくれよ」

 男に案内されるまま、藤蔵は馬をひき、小岩の大通りに面した男の家まで行き、そこで梨を二十箱おろした。男は現金で八十円、しっかりと払ってくれた。藤蔵が見たこともない厚さの札束だった。藤蔵が礼を言って帰ろうとすると、男がまた呼び止めた。

「兄ちゃん、梨は家にまだあるのかい?」

「はい、まだたくさんありますけど」

「なら、明日も同じ場所にいるから、また梨を持てるだけ持ってきてくれよ。待ってる」

 断る理由もなく、藤蔵は気軽にオーケーしてしまった。帰り道はとても短く感じられた。八十円を取られてはならないと思って急いだせいかも知れない。家についたのは、家族がちょうど昼飯を食べ終わった頃だった。

「トウちゃん、やたら早いねぇ。ちゃんと売ってきたのかい?」

 失礼な聞き方をしたのは、居候している田中のおじさんだ。

「ちゃんと売ってきましたよ。ほら、ここにお金」

 藤蔵はむっとして答えた。田中のおじさんは八十円の札束を見ると口をつぐんだ。母と姉は素直に驚きをあらわにした。

「トウちゃん、あんた、こんなに短い時間で、よくあれだけの梨を売りさばけたねぇ」

 藤蔵は家族の前で今日の出来事を説明した。聞き終わると祖父は、誰に言うともなく呟いた。

「こいつぁ驚いた。こんな商才のある子供は初めて見たぞ。この子は将来、紀伊国屋文左衛門以上の大物になるかもしれん」

 しかし田中のおじさんはそれに釘を刺した。

「トウちゃん、その男、トウちゃんの梨を被災者に売ってえらく儲けてるはずだぜ。そんな男を通すより、直接売っちまった方がずっと儲かるぞ」

 たしかに田中のおじさんの言うことにも一理ある。おじさんは続けた。

「なんなら明日、俺がついていくからよ、浅草の田中でゴザしいて梨を売ってみないか?。すぐに売り切れること、うけあいだぜ」

 藤蔵は自分の功績を否定された気がしていささか不快ではあったが、直接梨を売るというのも魅力的に思えたので、田中のおじさんの案に傾きかけた。しかし、小岩の男との約束も思い出した。

「でも僕、今日会ったおじさんに、明日も梨を売るって約束しちゃったから」

「そんなの気にするこたぁねぇよ。そのうち奴もきっと別の商売を見つけるさ」

 しかし藤蔵の脳裏には、小岩の交差点で一日中藤蔵を待ち続けている男の姿が思い浮かんだ。やはりあの男を裏切るわけにはかない。藤蔵は困ってしまった。そこへ祖父が助け船を出した。

「ならトウちゃん、今日拾い集めた梨の半分をその男に売って、もう半分を自分たちで売りさばけばいいじゃないか」

 田中のおじさんんもこの案に賛成した。藤蔵にはもとより反対する理由もなかった。

 その日の午後は、落ちている梨を拾い集めるのに費やされた。夕方になると、他の農家で梨を売りに行っていた者がちらほらと帰ってきた。いずれも商売に縁のない農家の人間であるせいか、売れ行きはいまいちだった。半分も売れていればいい方だった。藤蔵の家はまわりから羨ましがられた。

 翌朝、昨日と同じ時刻に藤蔵と田中のおじさんは家を出た。荷台には昨日より多く、三十箱の梨を乗せてあった。藤蔵は馬が大変なのではないかと心配したが、田中のおじさんはそんなことは気にもかけていないようだった。

 小岩に着くと、男が同じ場所で待ち構えていた。目の前で荷車を止めても、男は田中のおじさんの様子を窺って何も言わない。仕方がないので藤蔵の方から切り出した。

「おじさん、昨日約束した梨を持ってきました。だけど半分は自分たちで売ることにしたから、十五箱だけおじさんに売ります」

 男は田中のおじさんに会釈してから藤蔵に答えた。

「ありがとよ、兄ちゃん。でもよ、この状況で梨を売るってのは、なかなか難しいぜ。この際いっそ全部俺に分けてくれねぇかな」

 藤蔵は返事に困って田中のおじさんの方を見た。おじさんは黙って首を横に振っている。相手にするな、という意味だろう。藤蔵は男の申し出を丁重に断った。男はあきらめて、昨日のように梨の箱を家の前に降ろしてもらうと、現金で六十円払った。そして最後に、明日もよろしくと頼むのも忘れなかった。藤蔵は引き受けてしまった後でおじさんに睨まれているのに気付き、反省した。

 浅草にむかう途中でおじさんが言った。

「トウちゃん、おまえ、まだまだだよ。農家の生まれだからかも知れねぇな、甘すぎるんだ。商売はもっと厳しくやらなきゃ」

 その後もぶつぶつと商売のコツについて述べていたが、藤蔵はまったく聞いていなかった。帝都東京のあまりの惨状に圧倒されていたのだ。

 震災翌々日の東京の有様は、十五才の少年の心に一生涯消えない映像として焼き付けられた。崩れ落ちた煉瓦造りのビル、ぐにゃぐにゃに曲がった道路標識、あたりに漂う異臭、そして所々転がっている人間らしき死体。死体は葬式の時に見たことがあったが、それが道路に転がってある様はやはり異様だった。死体のすぐそばを通りながら、それを気にも留めていない様子の住民たちも奇妙に見えた。田中のおじさんはあいかわらず商売について語っている。藤蔵は隣に座っているおじさんが別世界から来た人のように思えてきた。このおじさんをこれほどまで無感覚にしてしまうほど、震災直後の有様は悲惨だったのだろうか。

 浅草に着いたのは正午頃だった。おじさんはてきぱきとゴザを敷き、梨を並べた。そしてどこで覚えたのやら見事な口上を述べ始めた。

「さぁさぁ、地震の驚き冷めやらぬ皆さん方、ここでもう一度驚いてもらわなきゃならない。驚かずにはいられない。震災から二日、下総市川で採れたての梨がもう皆さん方の手に入るんだ。しかも一つ5銭ときた。ほんとはもっと高くて当然なんだが、こちらも儲けばかりを考えてるわけじゃない。皆さん、家財道具を焼かれてさぞやお困りだろうと、慈善事業のつもりで梨を売りに来てる。儲けはちっとも考えちゃいない。皆さんに食べていただいて、それでいてこちらも損しない、そんなギリギリの線が一つ5銭だ。はい、どうもありがとぉ、綺麗なお姉さん、」

 十五箱売り切るのにそう時間はかからなかった。おじさんはその間ずっと喋り続け、藤蔵は梨を渡して代金を受け取るのに大忙しだった。客はおととい市内から逃げ出し、また戻ってきた住民が多い。家族に持っていくのだろうか、十近い梨を抱えていく少女もあった。崩れ落ちた町の中で、藤蔵たちがいるあたりだけが妙に活気づいていた。

 すべて売り尽くすと、二人はゴザを丸め、空き箱を荷台に乗せ、浅草を後にした。震災直後と比べるとだいぶ落ち着いてきたようだと田中のおじさんが呟いた。そう長いことしないうちに東京は元通りの賑わいを取り戻すだろうとも言った。藤蔵は、もう二度と見ることのないであろう惨状を強く目に焼き付けた。同じ光景を、三十年経たないうちにまた見ることになろうとは、この時の藤蔵には思いもよらなかった。

 手塚家の梨は三日間ですべて売り切れた。例年以上の収入だった。藤蔵は、「儲けるつもりは無いよ」と言った田中のおじさんの口上が嘘になってしまった気がして、後ろめたく感じた。最後に梨を売りに行った日、小岩の男がいつものように「明日もよろしく」と言ったので、もうこれ以上無いと告げると、

「なら兄ちゃん、近所の別の農家を紹介してくれないかなぁ」

 と頼まれた。人のいい藤蔵は近所の人たちに、小岩の男に梨を売るよう勧めた。こうして市川大野の一帯では、一軒として梨を売り残す家は無かった。藤蔵はこの頃から近隣の人々の信頼を勝ち取っていくのである。

 

 

補注

※1 長十郎                   梨の品種名

※2 トウちゃん           藤蔵なので、トウちゃんと呼ばれていた。

 

 

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